AIで試算表の見方を整理したい、面談メモを要約したい。そう考えても、顧問先の資料をAIに入れてよいのか分からず、手が止まっている所長は多いはずです。
結論から書きます。顧問先の資料は「入れない」「匿名化して入れる」「そのまま入れてよい」の3段階に分け、入れる前にサービスの学習利用を確かめれば足ります。
この記事は、AI導入の判断を一緒に行う「AI関所」を運営する合同会社てんが書きました。私は税理士ではありません。法律の読み方は条文と官公庁の文書にそろえ、事務所ごとの判断が要る部分は、そう書き分けています。
守秘義務は、AIに入力した場面にも関わる
税理士法38条は、税理士業務で知った秘密を正当な理由なく他に漏らすことを禁じています。 条文は短く、次のとおりです。
税理士法38条(秘密を守る義務)
- 税理士は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、又は窃用してはならない。税理士でなくなつた後においても、また同様とする。
違反すると、59条1項3号により2年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金に処されます。同条2項は、この罪を告訴がなければ公訴を提起できない罪としています。
ここで確かめておきたいのは、条文がAIには触れていないことです。顧問先の資料をAIサービスに入力することが「他に洩らす」にあたるかどうかを、直接に定めた規定は、私が調べた範囲では見つかりませんでした。判断は、入力した情報の中身と、サービスとの契約、事務所の運用で決まります。
だから、事務所として入れてよい範囲を先に決めておくことが、いちばん確実な備えになります。次の表は、その目安として私が整理した3段階です。法律の基準ではなく、迷ったときの出発点として使ってください。
顧問先の資料を3段階に分ける
入力する前に、その資料が3段階のどこにあたるかを決めます。 判断は「特定の人や会社が分かるか」「失うと取り返しがつかないか」の2点で足ります。
| 段階 | 入れてよいか | 例 |
|---|---|---|
| 入れない | どのAIにも入れない | マイナンバー、口座番号・暗証番号、ログインのID・パスワード、本人確認書類の画像、電子申告の認証情報 |
| 匿名化して入れる | 社名・氏名・金額の特定を外し、事務所契約のサービスだけに入れる | 試算表・決算書の数字、面談メモ、顧問先からの質問文、従業員の給与や年末調整に関わる資料 |
| そのまま入れてよい | 顧問先の情報を含まないものに限る | 公開されている法令・通達・Q&A、事務所が自分で作った説明文のひな形、一般的な制度の質問 |
匿名化は、社名を「A社」に置き換え、住所や代表者名を消し、金額は比べたい部分だけ残す、という程度で始められます。置き換えた表は、元の社名と対応させて事務所の中だけで保管します。
特に気をつけたいのは、2段階目に入る「従業員の給与や年末調整の資料」です。顧問先の秘密であるうえに、顧問先の従業員一人ひとりの個人情報でもあります。次の章で説明する個人情報保護法の問題が重なります。
個人情報保護法は、同意なく個人データを入れる場合に注意を求めている
個人情報保護委員会は、同意なく個人データをAIに入力する場合の注意を出しています。 令和5年6月2日の「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」は、個人情報取扱事業者に次の2点を求めています。
個人情報取扱事業者への注意点(要旨)
- 個人情報を含むプロンプトを入力するときは、特定した利用目的を達成するために必要な範囲内か、十分に確認する
- 本人の同意を得ずに個人データを含むプロンプトを入力し、その個人データが応答を返す以外の目的で扱われる場合、個人情報保護法に違反する可能性がある。そのため、サービス提供者が個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認する
機械学習とは、入力された文章やデータをAIの改良に使うことです。つまり問題は、入れること自体よりも、入れた情報がAIの学習など別の目的に使われないかにあります。顧問先の従業員の氏名と給与が並んだ一覧は、個人データにあたり得ます。そのまま入れる前に、次の章の確認が要ります。
サービスを選ぶときに確かめる3点
AIサービスを選ぶ前に、「学習に使われるか」「記録がどれだけ残るか」「誰の契約か」の3点を確かめます。 1点目は、サービス提供者が公式に公開しています。
| 確かめること | 見る場所 | 例 |
|---|---|---|
| 入力が学習に使われるか | 利用規約・プライバシーポリシー・各社のヘルプ | Anthropicは、法人向けのClaude for Workなどの商用サービスについて、入出力を既定ではモデルの学習に使わないと公表しています(2026年8月18日更新の公式ヘルプ)。無料版・Pro・Maxなど個人向けは、別の規定になっています |
| 記録がどれだけ残るか | 設定画面・管理者向け資料 | 会話の保存期間、削除の方法、管理者が見られる範囲 |
| 誰の契約か | 契約・請求の名義 | 事務所名義の契約か、職員の個人契約か。個人契約に顧問先の情報を入れると、事務所が把握できなくなる |
個人情報保護委員会も、利用者は提供事業者の利用規約やプライバシーポリシーを十分に確認して判断するよう求めています。無料で使える個人向けのサービスは、規約が法人向けと違うことがあります。顧問先の情報を扱う作業は、事務所名義の法人向けプランに限るのが安全です。
事務所のルールを1枚にする
3段階と確認点は、1枚の表にして職員全員が同じものを見られるようにします。 所長だけが理解していても、職員が個人のアカウントで試せば抜けます。
| 場面 | 使ってよいサービス | 入れてよい情報 | 確認する人 |
|---|---|---|---|
| 通達・法令の調べもの | 事務所契約のもの | 公開情報だけ(顧問先の情報は入れない) | 不要 |
| 面談メモの要約 | 事務所契約のもの | 社名・氏名を置き換えたメモ | メモを作った本人 |
| 試算表の数字の見方の整理 | 事務所契約のもの | 社名を消した数字(口座番号は入れない) | 所長 |
| 顧問先への文書のたたき台 | 事務所契約のもの | 匿名化した状況説明 | 所長(顧問先へ出す前に必ず読む) |
| マイナンバー・認証情報を含む作業 | 使わない | 入れない | — |
AIの出力は、出す前に必ず人が読んでください。AIは、もっともらしい誤りを書くことがあります。顧問先に出す文書や税務の判断は、AIの出力をたたき台にして税理士が決めます。
顧問先に聞かれたときの答え方
顧問先から「うちの資料をAIに入れていますか」と聞かれたら、入れる範囲と守っていることを短く答えます。 隠すより、決めてあるルールを示す方が信頼されます。
顧問先への説明の例
- 「AIは、公開されている法令の調べものと、社名を消した文書のたたき台づくりにだけ使っています。マイナンバーや口座番号は入れません。事務所契約のサービスを使い、出す前に私が必ず確認します」
この例は、ルール表の内容がそのまま答えになるように書きました。ルールが決まっていれば、聞かれても迷いません。
よくある質問
匿名化すれば、無料のAIに入れてもよいですか?
匿名化しても、数字の組み合わせや業種から顧問先が分かることがあります。顧問先の情報を含む作業は、事務所契約の法人向けサービスに限る方が安全です。無料版は、入力が学習に使われる設定になっていないかを必ず確認してください。
顧問先に断らずに、AIを使ってよいですか?
税理士法38条は「正当な理由なく」漏らすことを禁じていますが、AIの利用について顧問先の同意を求める規定は、私が調べた範囲では見つかりませんでした。同意が必要かどうかは、顧問契約の内容や所属する税理士会の考え方によります。迷う場合は、所属税理士会や顧問弁護士にご確認ください。
職員が個人のAIアカウントに顧問先の資料を入れていたら?
まず、入れていないか事務所内で確認し、入れていた場合は入力した内容と日付を記録します。そのうえで、事務所契約のサービスに切り替え、ルール表を全員に配ります。顧問先への連絡が要るかは、入れた情報の中身で決まるため、所属税理士会や弁護士にご相談ください。
まとめ
顧問先の資料は「入れない」「匿名化して入れる」「そのまま入れてよい」の3段階に分けます。入れる前に、サービスが入力を学習に使わないか、誰の契約かを確かめます。決めたことは1枚のルール表にして、事務所全員が同じものを見ます。
導入するAIツールを決める前に、第三者と一緒に見たいとき
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AI関所のサービス内容を見るこの記事を書いた人
疋田 悠人(ひきだ ゆうと)です。合同会社てんの代表で、AI導入の判断を中小企業の経営者と一緒に行う「AI関所」を運営しています。税理士ではありません。この記事は法律の助言ではなく、公開されている条文と官公庁の文書をもとにした整理です。
出典・参考
- 税理士法 38条・59条 (e-Gov法令検索・2026年10月6日確認)
- 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等 (個人情報保護委員会・令和5年6月2日・2026年10月6日確認)
- Is my data used for model training? (Anthropic Privacy Center・英語・2026年8月18日更新・2026年10月6日確認)


