介護記録の手間をAIで減らしたいけれど、利用者の個人情報を入れてよいのか分からない。そう迷っている小さな事業所の管理者に向けて書きました。
結論から書きます。介護記録にAIを使うなら、利用者が分からない形での文章の整えや下書きまでにとどめ、記録の確定と保存は職員と管理者が行えば足ります。
この記事は、AI導入の判断を一緒に行う「AI関所」を運営する合同会社てんが書きました。私は介護の専門家ではありません。省令と官公庁の文書の範囲で整理し、事業所ごとの判断が要る部分は、そう書き分けています。
介護記録の作業ごとの線引き表
記録の作業を「任せてよい・下書きまで・任せない」の3つに分けます。 次の表は、介護保険の運営基準と、医療・介護関係事業者向けの個人情報ガイダンスをもとに私が整理した目安です。法律の基準ではありません。事業所のルールを作る出発点として使ってください。
| 記録の作業 | 線引き | AIに入れる前と後にすること |
|---|---|---|
| 研修資料や、記録の書き方の見本づくり | 任せてよい | 利用者の情報は入れない |
| 職員が書いた記録の言い回しを整える | 下書きまで | 氏名・住所・病名など、利用者が分かる語を外してから入れる。戻った文は書いた職員が読み直す |
| 家族への連絡文、事業所だよりの下書き | 下書きまで | 個人が分かる語を入れない。送る前に管理者が読む |
| 事故報告書・苦情の記録の文章 | 下書きまで | 起きた事実と時刻を元のメモと照合し、推測の文が混ざっていないか見る |
| サービスの提供の記録(ケア記録)の確定 | 任せない | 提供した職員が自分で確定する |
| 記録の保存と、利用者からの求めへの対応 | 任せない | 管理者が保存先と期間を決めて管理する |
「任せてよい」も、出力を読まずに使ってよいという意味ではありません。研修資料でも、介護保険の制度の説明が今のものかは確かめます。
運営基準が定める介護記録の作成と保存
訪問介護やデイサービスの記録は、厚生労働省令の運営基準で、書く内容と保存の期間が決まっています。 次の表は訪問介護の条文で、通所介護にも105条で準用されます。
| 指定居宅サービス等の運営基準 | 決まっていること |
|---|---|
| 19条 | サービスを提供したら提供日と内容を記載し、具体的なサービスの内容等を記録する。利用者から申出があれば情報を提供する |
| 33条 | 従業者は、正当な理由なく、業務上知り得た利用者や家族の秘密を漏らしてはならない。サービス担当者会議等で個人情報を使うときは、あらかじめ文書で同意を得る |
| 39条 | 訪問介護計画、提供したサービスの記録、事故や苦情の記録などを整備し、完結の日から2年間保存する |
| 217条 | 書面で作成・保存する記録は、電磁的記録(データ)で行うことができる |
記録を作る義務を負うのは事業者です(19条)。AIが整えた文も、記録に残せば事業所の記録になります。
事業所に実際に当てはまる基準は、この省令をもとに都道府県などが条例で定めています(介護保険法74条)。保存の期間を含め、指定を受けた自治体の条例で確かめてください。
介護記録に書く病歴は、特に慎重に扱う個人情報
介護記録に書く病歴や障害の事実は、個人情報保護法の要配慮個人情報(病歴など、特に慎重に扱う個人情報)にあたります。 個人情報保護委員会と厚生労働省のガイダンスが、介護関係記録に書かれた病歴や障害の事実を例に挙げています。
このガイダンスは「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」です(令和8年4月一部改正)。介護関係事業者の個人情報の例として、ケアプラン、提供したサービス内容等の記録、事故の状況等の記録を挙げています。要配慮個人情報の取得と個人データの第三者提供には、原則として本人の同意が要るとも書いています。
生成AI(文章を作るAI)については、個人情報保護委員会が令和5年6月2日に注意喚起を出しました。本人の同意なく個人データを入力し、応答の出力以外の目的で扱われると、法律に違反する可能性があるという内容です。入力を機械学習に使わないことを確かめるよう求めています。
33条3項の同意は、サービス担当者会議等で個人情報を使うための同意です。事業所の同意書が、AIサービスへの入力まで含む書き方かどうかは、文言を読んで確かめてください。同意書の文言で足りるかは、私には判断できません。迷う場合は、指定を受けた自治体の窓口や弁護士にご相談ください。
記録ソフトのAI機能を使う前に、業者に確かめること
記録ソフトに付いたAI機能でも、利用者の記録が業者のサービスで扱われる点は変わりません。 ガイダンスは、個人データの扱いを委託するときは委託先を監督すること(個人情報保護法25条)を求めています。外国で個人データを扱う場合は、その国の環境を把握したうえで安全管理措置を講じることも求めています。
| 業者に聞くこと | 聞く理由 |
|---|---|
| 入力した記録を、AIの学習に使うか | 個人情報保護委員会の注意喚起が、学習に使わないことの確認を求めている |
| 記録をどの国のどこで保存・処理するか | ガイダンスが、外国で扱う場合の環境の把握を求めている |
| 契約で、個人データの扱いをどう定めているか | 委託先の監督(25条)の材料になる |
業者の答えは、口頭でなく書面か契約書でもらっておくと、自治体の運営指導の前にも見返せます。
記録に残す前の3つの確認
AIが整えた文を記録に残す前に、「事実と合うか」「推測が混ざっていないか」「誰が確定したか」の3つを確かめます。 個人情報保護委員会の注意喚起も、生成AIの応答に不正確な内容が含まれることがあると書いています。
| 確認 | 見ること | 例 |
|---|---|---|
| 事実と合うか | 時刻・回数・量・数値が元のメモと一致するか | 入浴の時刻、食事の量、血圧の数値をメモと照合する |
| 推測が混ざっていないか | 職員が見ていないことが、見たように書かれていないか | 「本人は満足していた」のような文が足されていたら消す |
| 誰が確定したか | 提供した職員が読み直して確定したか | 確定した職員の名前と日付が記録に残っているか |
記録は、利用者から申出があれば提供する情報でもあります(19条2項)。本人や家族が読んでも事実どおりの文になっているかで判断すると、迷いが減ります。
よくある質問
職員が自分のスマホの無料AIで記録を整えていました。どうすればよいですか?
利用者が分かる情報を入れていたなら、まず止めて、何をどのサービスに入れたかを聞き取ります。そのサービスが入力を学習に使う設定だったかも確かめます。そのうえで、使ってよい作業と入れてはいけない情報を事業所のルールにして配ります。
利用者の名前をイニシャルにすれば、入れてよいですか?
イニシャルでも、日付や住所、病名と組み合わせると誰か分かる場合があります。個人情報保護法2条1項は、他の情報と容易に照合して特定の個人を識別できるものも個人情報に含めています。名前だけでなく、組み合わせで誰か分かる語も外します。
加算の要件をAIに聞いてもよいですか?
調べものの入口としては使えます。介護報酬は年度の途中でも変わるため、答えは厚生労働省の文書で確かめます。確認先は「介護の生成AI、加算や制度の質問はどこで確かめる?」にまとめました。
まとめ
介護記録にAIを使うなら、利用者が分からない形での文章の整えや下書きまでにとどめます。記録の確定は提供した職員が行い、保存は管理者が条例に沿って管理します。記録ソフトのAI機能は、学習への利用・保存場所・契約の3点を業者に書面で確かめてから使います。
AIツールを決める前に、第三者と一緒に見たいとき
記録ソフトやAIツールの提案を前に迷ったら、AI関所をご利用ください。月1,000円(税別)で、20分の個別面談がつきます。検討中の提案書や見積を面談で一緒に見て、気になる点と先方に確認すべきことを整理します。最終的に決めるのは事業所です。
AI関所のサービス内容を見るこの記事を書いた人
疋田 悠人(ひきだ ゆうと)です。合同会社てんの代表で、AI導入の判断を中小企業の経営者と一緒に行う「AI関所」を運営しています。介護の専門家ではありません。この記事は法律の助言ではなく、公開されている省令と官公庁の文書をもとにした整理です。
出典・参考
- 指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準 19条・33条・39条・105条・217条 (e-Gov法令検索・2026年10月7日確認)
- 介護保険法 74条 (e-Gov法令検索・2026年10月7日確認)
- 個人情報の保護に関する法律 2条 (e-Gov法令検索・2026年10月7日確認)
- 医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス (個人情報保護委員会・厚生労働省・平成29年4月14日・令和8年4月一部改正・2026年10月7日確認)
- 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等 (個人情報保護委員会・令和5年6月2日・2026年10月7日確認)


